紫芳軒について
紫芳軒は、戦後間もない昭和21年に京都の中心「四条河原町」にて創業いたしました。
当初は米菓だけではなく、最中や八つ橋なども扱う菓舗でしたが、福井県出身の創業者の稲田實が幼少期に祖母の作ってくれた「かき餅」の味が忘れられず、次第に「あられ」「おかき」の取り扱いが中心となり、昭和30年代の後半には米菓専門店となりました。
紫芳軒の米菓は京都市内のほか、創業者の出身地である福井などの職人に製造を依頼していましたが、昭和51年に自社製造をはじめるとともに「京のれん会」へ入会し、現在では全国各地の百貨店で開催される京都物産展にも出展をしております。
平成8年に本店を京都市北区の玄琢下に移転したのを機に、炭火手焼のおかきの製造を復活し、京都のイメージカラーを紫に見立てて、「あられ」「おかき」好きの皆様にとって、いつまで京都の地において芳しい存在でありたいとの願いのもと、「紫芳軒」と名付けました。
太古の昔より「餅」には神が宿ると考えられ、儀礼や季節の行事、祝い事など、いわゆる「ハレの日」に多く用いられてきました。
現代においても餅を飾ったり、供えたりという習慣は残っており、私たち日本人にとって「餅」は縁の深い存在であることは今でも変わっていません。
「神と人」、やがては「人と人」を結びつけてきた「餅文化」、紫芳軒は古来より人々の生活に息づくこり餅文化を特別な日のものだけではなく、日々の暮らしの中で気楽に楽しんでもらえる米菓というかたちで守り、そして、広く永く伝えていきたいと考えております。